ばばばンの読書感想文

本の虫による本の虫の為の読書感想文

【読書感想文】出版禁止_死刑囚の歌

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著:長江俊和

 

亀更新


 前回の更新からしばらく経ち、いつの間にか年も明けておりました。明けまして御目出度う御座います。

 

 この読書感想文を始めたのは「好きだからやってみよう」だったのですが、次第に「やったら身になるかも」を求めてしまい、やがて「やらねば」になっていき、段々と意識が下流に落ちていった怠け者で御座います。

 

 新年を迎え、また「やっぱり好きだからやろう」に意識を取り戻しましたので、今年も亀更新で読書感想文楽しみたいと思います。

 

 今年も文字を通して色んな方に出会えたら嬉しいです。

 

 暫く更新していなかった間に、読むだけ読んでまだ感想文をまとめていない本がたくさんあるので、一月中に徐々に更新していけたらと思います。

 


放送禁止


 『放送禁止』というドラマをご存知でしょうか。

 

『放送禁止』とは、

「ある事情で放送禁止となったVTRを再編集し放送する」という設定の、“一見ドキュメンタリー番組だが実はフィクション”というフェイク・ドキュメンタリー(モキュメンタリー)(Wikipediaから引用)


「事実を積み重ねることが必ずしも真実に結びつくとは限らない」をテーマにしており、深読みせず見ると唯のドキュメンタリーであったとしても、作中の登場人物の行動や、背景に散りばめられた手がかりやアナグラムを解明することによって、視聴者が真実に辿り着く仕組みになっています。

 

 私は、昔から“人怖”や“オカルト”、“意味がわかると怖い話”が大好きで、こちらもそれに近いものを感じ、かなり気に入っているシリーズです。

 

 しかし、『放送禁止』シリーズはとうに全て観尽くしてしまいました。何度も繰り返して観返してはいますが、やはりこういった“意味がわかると怖い話”系は、意味を初めて解き明かした後のゾクゾク感を味わうのが最高だと思っていますので、何となく刺激不足を感じておりました。

 

 最近になって『放送禁止』の企画・構成・演出を担当した長江俊和さんが本を出版していた事を知り、「これは読むしかない」と思い、早速本屋へ直行した次第です。

 


映像、文章、どちらもそれぞれ最高


 しかし文章となると、「映像で味わうあの不気味さを感じる雰囲気や緊張感、背景に散りばめられた謎を見逃さないようにする感覚は味わえないだろうな」と思っておりましたが、
驚いた事に、文章でも禁止シリーズ独特の緊張感や感覚を十分味わうことができました!
 これは著者の長江俊和さんの文章力と構成力に脱帽でした。

 

 映像のシリーズと若干異なる点を挙げるとすると、
映像作品の『放送禁止』ではヒントは沢山散りばめられてはおりますが、どんどん場面が切り替わり、解明するには割と深くまで読み込まないと分からないので、全ての謎を解くには何週かする必要があります。

 

が、『出版禁止』は話が進むにつれてスムーズに謎が解き明かせたように思います。『放送禁止』とは媒体が違うからこその解り易さなのかな、と思いました。


 禁止シリーズが初めての方は、本から入ってみるのも良いかもしれません。個人的にはとても解り易かったです。

 

 ゾッと鳥肌がたつような“意味怖感”は、『放送禁止』の方が上でしたが、今作『死刑囚の歌』はゾッとするよりもかなり感動する話でしたので、またゾッとする感覚は別の作品の時に期待したいと思います。

 

 正直、今作は感動して泣きました。ゾッとする話も良いですが、こういう話も最高でした。

 

 

獄中歌人


「私達も、生まれたら死を宣告された囚人である。
しかし、人は他の動物とは違い、いつか死ぬ事実を知っている。だから、死の恐怖に打ち勝つべく、祈り、拝み、救いを求める」

 

 今作には獄中歌人が登場します。死刑判決を受けた彼の、その生涯を追っていくのですが、彼が作った獄中歌がかなりゾクゾクします。


 第一印象としては、丸尾末広の『トミノの地獄』、カリガリの『君が咲く山』を思い出しました。かなりの不気味さを感じます。文章からここまでの雰囲気を醸し出せるとは、長江さんのセンスが素晴らしいです。

 

 生きること、信じること、死ぬこと、愛することー
様々な角度から人の生き様を見せつけられたように思いました。

 

 果たして、自分は本当の意味で生きられているだろうか。信じることができているだろうか。

 

 

裏切られる


 ネタバレに繋がりそうなのであまり今回の感想文に関しては深く書けないのですが、この話で1番面白かったのが、登場人物の印象が変わったことでした。


 話が進む度に読者は裏切られ続けます。今まで持っていた予想や偏見があれよあれよと覆され続け、最終的に行き着く先には読み始めとは違った景色が用意されています。

 

 この話はネタバレで真相を知るのは大変勿体無いです。
全てを自力で読み切る事によって最高のエンディングに辿り着くことができると思います。

 

  

 

【読書感想文】人類はなぜ肉食をやめられないのか

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著:マルタ・ザラスカ

 

非常にデリケートな問題


 正直、投稿をするか非常に悩みました。この読書感想文を書き終えてから丸々4日程。

 

 まず、この本を読もうとした理由を率直にお伝えしますと「単純に疑問に思ったから」でした。1週間ほど前に娘と共に図書館へ行った際に、気になる背表紙があるから読んでみよう、そんな軽い気持ちで選んだのです。


 読んでいくうちに「これは難しいテーマに踏み込んでしまった」と少し後悔致しました。難しく、しかし人間として重要視しなければならない問題だと感じましたので、あえて投稿させて頂きます。

 

 この投稿は恐らく、色んな考えの方が見るかと思います。あくまでも、この感想文は一個人が本作を読み、感じた事として「こんな考え方もあるんだな」と読み流してもらえればと思います。もしも自分と異なる考え方だと感じても、どうか見なかったことにして読み流して下さいます様、宜しくお願い致します。

 

 

単純な疑問

 

 まず上にも書きました「単純に疑問に思った」事について。


 私は、昔から不思議に思っていたことがあります。この世界には草食動物と肉食動物が存在していますが、
大きな牛や象は草や果実を食べ、一口も肉を食べずとも大きな体と長い寿命を維持していること。
パンダの様に元々肉食でありながら、笹を食べて生きている動物がいること。


私たち人間は(進化論に基づくと)元が猿であれば肉を食べずとも木の実や草等でも生きられる筈なのではないかということ。


 今回図書館でふと見つけた本に、これらの謎を解くようなヒントが書かれているのではないかと思い、読んでみることにした次第であります。

 

 

出だしは肉の謎について


 本作は筆者の母が肉食を断とうとするところから始まります。しかし、2週間後には禁煙に挫折したかのように「肉が好きだから肉を食べる」と再び食べる姿があったと。このことから筆者は

 

「肉断ちは難しく、肉には手放せない何かがある」と感じたそうで、

「本書はなぜ人類が肉が好きなのか探求し、肉の摂取がどう悪いか影響を語るのではなく、ただ単純にこの部分を突き詰め提示していく」とありました。

 

 健康にも地球にも動物にも良くない肉食の習慣。私達は知っていても尚、肉の虜になり食べ続ける。言わば人類と肉の恋愛物語。
 読んでいてワクワクするような気持ちになりました。

 

肉の必要性


 続いて15億年前の海まで遡り、如何にして人類が進化の過程で肉食に変化していったのか、そして歴史的に見る肉の必要性を紐解いていきます。ここでは昔の環境に対して肉が効率の良い栄養摂取源だった事や、人類が道具を使い始めた事によって体が如何にして肉食に適していったか、そして文化的に肉が特別であり、徐々に神格化されていった事が解りました。

 

 更に、どうして人間が肉を欲するのか、栄養学的な側面が関係しているのか、はたまた味覚的な嗜好によるものなのかが詳しく述べられていました。

 

 本作4章までの中に、今まで知らなかった栄養や味覚の話がぎゅっと凝縮されわかりやすく載っておりました。非常に為になり、新しい知識を増やせたことがとても嬉しかったです。

 

 肉に限らず、自分の体が食べ物を欲するメカニズムや、人による味覚の感じ方の違いなどがよくわかり、中には最近流行りのダイエット方法の一つとして、低炭水化物・低脂質を基調とし、タンパク質を多くとるものがありますが、それに通づる「ウサギ飢餓」という話も載っていたりと、非常に勉強になる内容でした。

 

 また、ここまではとてもお腹が空いてくる内容でもありました。肉の何が私達を虜にしているのか。脂肪?食感?はたまた旨味?焼いた肉と生肉で魅力を感じるのに差があるのは何故なのか。


 この章までに出てくる肉の表現がとても美味しそうで、ついじんわりと焼かれたステーキを想像してよだれが溢れそうになりました。

 

 更に、肉への欲求を誤魔化す為に、舌を騙す方法は無いかと筆者が考えた方法として、
肉の脂肪の代わりにアボカドやナッツ・チーズ、焼きたての肉の代わりとして焼きたてのパンや焼いた野菜、肉の旨味成分は豆腐ステーキはどうかと。
 それらもとても美味しそうで、「これだけ聞くとなんちゃってベジタリアン始められそう」なんて思ったりもしました。

 

残酷な現実


 ペンシルバニア州立大学食肉研究所についての話です。


この章の章題は「肉をおいしくする方法」

 

 今までは栄養学や歴史に基づきつつ、肉が人間を虜にしている事実について述べられていましたが、この章からは肉を獲得する裏で行われている残酷な現実を突きつけられました。第5章は、見なければならないが、目を逸らしたくなる気持ちにさせられます。スーパーに並ぶ肉を思い出しながら読むと、私は息が苦しくなりました。

 

 肉は本来これほど安く流通することは不可能。しかし、どうして野菜よりも安く売られているのか。

 

 

もう肉食欲は止められないのか

 

 前の章から恐ろしくなって参りましたが、読み進めました。


 第6章では人の恐ろしさがありありと綴られております。正直、半分は陰謀論めいた話でもあると思ってしまいましたが、他人による人生の搾取や、利権がらみの話、
中でも、「私達が肉を喜んで食べているのは肉が上手に売られているからだ」という文言が印象的でした。


 消費者の味蕾による欲求よりも、食肉業界のコマーシャルが肉食の程度を大きくしているという話は怖かったです。

 

 

人は食べたもので出来ている?


 ここで再びどうして人は肉を欲する様になったのか、食肉の歴史的背景へと話題が戻ります。 


 肉を手にする事と権力の関係、強さの象徴としての獲物の肉の存在、肉を食べると肉食獣のように強くなるという文化の広がりについて述べられていました。まさか、肉の話で男女平等問題について触れられるとは思いませんでしたが、権力の話から関連してそういった話も少しだけ載っています。

 

 

筆者の主観


 本作の冒頭に「本書はなぜ人類が肉が好きなのか探求し、肉の摂取がどう悪いか影響を語るのではなく、ただ単純にこの部分を突き詰め提示していく」とあった為、恐らく筆者は中立的立場から客観的にこの本を執筆したのだろうかと思っておりましたが、章が進むごとに少しずつ肉食の悪影響が前面に出てきており、最終的には割と偏りのある内容だったように思ってしまいました。


 もしかすると、筆者は元々は中立的立場にあったかと思われますが、執筆にあたって資料を集め、研究を進めていく内に、食肉による悪影響を多く知っていったのかもしれません。


 薬のような本だったな、と思いました。正直、しばらく肉は口にし難いです。

 


次に読むとしたら


 なかなか難しい作品でありましたが、今後このテーマで読むとしたら、今作の筆者と同意見の方も勿論のこと、あえて反対意見の方の話や、完全に中立的な意見の方の話も合わせて読んでみたいです。


 例えば、食肉業界で生計を立てている方も世界にはいらっしゃいますし、猟師として自然と共に生きる方、宗教上口に出来ない方もいらっしゃいます。
 正直、本作一冊を読んだだけでは私の思いもまとまりませんでしたので、あらゆる方の話を更に読んでみたいと思いました。

 

 本作は当たり前にある食肉の考え方に疑問を呈してくれたと思います。

 


 とはいえ、私は今後一切口にしないかと言われれば、出来ません。


 私一人が食肉を辞めたところで、スーパーには今日も悲しい過程で“収穫”された肉は並びます。
 更に、豚や牛だけでなく、植物にも魚にも同じく命は宿っています。私達は食肉を辞めたとしても、結局他の命を食べなければ生きていけません。

 

 現時点で自分に何が出来るかと考えたら、拘らず欲張らず必要な分を、今まで以上に感謝して大切に食べる事だと思いました。

 

「いただきます、ごちそうさま」
命を食べる事に敬意を払いながら、生きていけたらと思います。

 

 

 

 

【読書感想文】般若心経90の智恵③

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著:公方俊良

 

 

やらかしまして


 人間、ついていない時ってありますよね。しかもそういう時ほど、ゲームでミスを連発して全くクリア出来ないように、”負の連鎖“として一度ハマると中々抜け出せないのが厄介なもの。

 

 今、私はこの連鎖の中にいる様です。

 

 最近ついてなかったことといえば、
このところの急激な気温変化によりガタッと体調を崩し、
赤子が最近で一番の癇癪を起こし、
某フリマサイトで不要になったものを出品していたのですが、どうやら購入者様が品物の状態にご満足頂けなかったようで低評価。

 

 どれも普段の日常では素直に反省したりサラッと流せるような出来事なのですが、積み重なると流石に凹んで参ります。夜も寝れません。

 

 寝れないのならば、読んでしまおう。そうしよう。
 こんなモヤモヤとした気分の時こそ、この本がピッタリではないかと思い、再び紐解くことに致しました。 今頃この本を形見に残してくれた祖父も、草葉の陰から見守ってくれている事でしょう。
 なんせ、90もお釈迦様の智恵が込められた本です。どれか一つは今の私のモヤつく気持ちを晴らしてくれるような、暖かい話があるのではなかろうか。


 そして現在の時刻、am1:30。果たして今日は眠ることが出来るのかーー。

 

 

観音様はいらっしゃる?


 本日読んだ中で、まず心が温まったのはこの話です。

 人々が苦しみ、あえぎ、「観音様助けてください」と救いを乞う時には、必ず観音様がすぐ人々の救いを求める声を聞き届け、幸せの道へ導いてくださるという話でした。

 

 これを聞くだけでは「えー、本当に?」と疑いの眼を持つかもしれませんが、重要なのはその後の部分。

 

 観音様が人々を救われる時には、母を求める子どもの為には母となり、病気に苦しむ人の前には薬をもって現れ、飢えに苦しむ人の前には食料を持って現れる。

 観音様は実に様々な姿形をして現れるということでした。

 


ここで昔話を

 

 私がかつての職場で大きなミスをしてしまいました。大変に落ち込んでいた時に職場の先輩に相談すると、解決策を教えてくださると共に、温かい言葉を掛けてくださいました。

 

 小学生1年生の頃、お腹が痛くて一人泣いていたら、通りがかった5年生のお姉さんが私を見て心配してくれ、痛みを訴えるとおぶって保健室へ運んでくれました。

 

 学校で大切な物を落としてしまった時に、友達に相談すると、暗くなるまで一緒に探してくれました。

 

 

あなたも わたしも 観音様

 

 もしかすると、観音様は自分の配偶者や、友達、兄弟、家族、恋人、はたまた今すれ違った名も知らぬ他人の姿をしているのかもしれません。

 

 自分が困っている時に、一人で抱え込まずに周りに助けを求めて、今困っている現状を理解してもらうことによって、周りの誰かが必ず観音様となって手を差し伸べてくれるという事だそうです。

 

 もしかすると、既に自分も誰かの観音様となって手を差し伸べているかもしれませんね。

 

 昨今の情勢により、この世に神も仏も救いもない、なんて話を聞くことがありますが、実は自分たちこそが神や仏であり、誰かに手を差し伸べることができるし、困り感を訴えかければ誰かが助けてくださる。そう思うと、「世の中まだまだ捨てた物じゃないな」と思えますね。

 

 この考え方に関しては、確かキリスト教でも同じような内容が語られていたように思います。(うろ覚えなのでまたキリスト教関連の本読んだら調べときます)

 

 手を差し伸べ合うこと、どんな宗教や文化の中でも大切にされていることなのかもしれませんね。

 

 

 


 ただいまの時刻、am2:28。ちょうど1時間程経ちました。


 1時間前より心が晴れた様な気がしますので、床に入ろうかと思います。

 

 またモヤつく日にはこの本をめくってみたいと思います。


 なんせ90の教えですから。今までの読書感想文を合わせてもまだ半分もいってない。読んで書いて消化しきれてない所がまだまだ膨大にあります。少しずつ読み進めて行きたいと思います。
はたして、読了はいつになることやら。

 

 

【読書感想文】赤を身につけるとなぜもてるのか?

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著:タルマ・ローベル

 

数年ぶりの寒気


 珍しく風邪を引きました。数日前から調子が悪く、とにかくすぐ眠る生活を続けてたら読書感想文が滞ってしまいました。病院行ったら途端に良くなりました。やはり受診して心が安心した事で体も良くなったのでしょうね。とはいえ、病み上がりなのでいつもより少し短い感想文になるかと思います。

 

 さて今日ご紹介する本は、イスラエルのテルアビブ大学にて心理学科教授をされているタルマ・ローベルさんが執筆した『赤を身につけるとなぜもてるのか?』です。

 

 

感覚は常に働いている


 私たちには五感が備わっています。嗅覚、視覚、聴覚、触覚、味覚。そして人は理性的に物事を考えているつもりでも、実は無意識の内にこの感覚によって選択や行動をしてしまっている、ということが本作のテーマです。

 

 例えばこんなこと。

「なぜ赤い色を見るとテストの成績が悪くなるのか?」
「なぜ暖かさを感じると、目の前の人がフレンドリーに見えるのか?」等々。

 

 眉唾ものの話のように聞こえますが、こういった感覚と思考の研究は、権威ある学術誌にも論文が掲載され、比喩ではなく現実に存在している話だそうです。驚きですね。
 こちらの本の出版も2015年。まあまあ新しい方です。

 


著者はきっと本当に頭の良い方

 

 本作、まさに読み手に即した内容と言いますか、明日からすぐ試せそうな事柄がいくつも載っています。

 

また、中身は研究の詳細が語られているのですが、一般の方向けに噛み砕いて説明してくださっていたり、研究一つひとつにきちんとまとめページが載っており、とても丁寧で研究論文に全く縁の無い私でもスラスラと頭に入る作りになっておりました。

 

 この本を読みながら「本当に頭の良い方は誰にでもわかりやすく説明が出来る」という言葉を思い出しました。

 

 

身体化された認知


 人の思考や感情に影響を及ぼす無意識要因に光を当てた本作ですが、この本の内容を頭に入れておくことによって、

 

「成績を少しでも良くしたい。赤いものを避けておこう」

「今温かいものを差し出されて自分は飲んでいるーー相手に譲歩しすぎる危険性があるから気をつけて商談に臨もう」

 

など、感覚的な要因に惑わされずに判断をすることができるようになると思いました。

 

 まるで人生の対策本のよう。冷静に物事を考えるためのヒントに使えそうです。

 

 

実際に読んで欲しい


 本作の内容的に、研究内容と結果を載せてしまうと色んな方面からたいへんお叱りを受けそうなので、本作の研究の中で私が特に印象深かった部分の“さわり”のみを紹介し、感想文としたいと思います。


 「なるほど、こういったことが載っているんだ」程度に見ていただいて、内容の詳細と研究結果等は実際に読んで確かめて頂けたらと思います。

 

 

アイスかホットか 

 こちらは、触覚が及ぼす印象の変化について述べられています。自分としても、今までにこの研究に当てはまる経験が多々あったので、今後気を付けていこうと思った内容です。

 

 

バックパッカーが旅に魅せられる理由
 こちらは、親類にかつてバックパッカーだった者が居たのですが、その方がかつて語ってた事と通ずるものがあり、納得させられた内容でした。こちらは物事の判断や、書類の扱い等、即明日職場で実践できそうな内容が述べられております。

 

 

冬になるとなぜ気持ちが沈むのか?
 かつて、自分自身鬱々とした日常を送っていたことがありましたが、その当時の自分に当てはまる点が多く「なるほど、このせいだったのか」と納得させられる内容でした。もし鬱を患っている方がいたらぜひ試して頂きたい内容です。

 

 

選挙に勝つと背が高くなる?
 こちらは背の高さと人の印象の関係について述べられており、なんと異性へ好印象を与える方法や、ビジネス面でも使える内容が載っているので、野心家の方にぜひお勧めしたい内容です。

 

 

グーグルのオフィスは何が違うのか?
 今をときめくグーグルの謎に迫る内容です。グーグルの社員があれだけクリエイティブでポジティブに働けるのは何故か。
日頃から無意識化の感覚を視野に入れて判断をする冷静さ、実際に行なっている方法についてなどまとめられています。

 


 以上が自分が読んで特に印象深かった内容です。詳細を細かく書けないのが至極もどかしいですが、どれも明日から実践してみたくなる内容でした。
 この他にも様々な研究結果がわかりやすく載っていますので、ぜひ気になった方は読んでみてください。

 

 

 

 

 

 

 

【読書感想文】小さい牛追い

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著:マリー・ハムズン

 

 

読んでいるだけであったかい


 この本は、前に紹介した『子どもはみんな問題児』の著者、中川李枝子さんが本作の事について述べられていたので、どんなお話かと気になって読んだ次第です。
 


 舞台はノルウェーの「ランゲリュード(長革)」と呼ばれる農場。そこに住む家族達のお話。小さな農場でしたが、大きな牧場を所有しており、春になると大勢の人から牛や山羊などを預かって放牧する「牛追い」が彼らの仕事。ランゲリュードには4兄妹がおり、主に長男のオーラと次男のエイナールが主人公です。

 一年を通してその家族の暮らしを追い、牛追いをする中でのトラブルを乗り越える姿にハラハラさせられたり、家族を取り巻く人々、牛達など、個性豊かなキャラクターもたくさん登場して読者を楽しませてくれる物語でした。
 岩波少年文庫の小学校4・5年生以上から推奨という事で、長さもちょうどよく、一晩の夜更かしに良い感じです。

 

 まず、読み終えて率直な感想ですが「文章から伝わるあたたかさってこういう事なんだな」と納得できる本でした。
 原作者のストーリーは勿論、翻訳の石井桃子さんのやわらかい日本語が、まるで読者を毛布に包んでいるかのようにあたたかいのです。中川李枝子さんの本もこういった口調で書かれているので、これらの話から影響を受けているのかな、と思いました。
 そして、四季が美しい。特に春の描写といったら、ほかほかして眩しさが感じられました。

 


 そして、見たこと無いのに想像しやすい物語。大草原の小さな家のようなちょっとセピア掛かった映像で、頭の中で映画のように登場人物達が動き出します。読了後は心に充足感とぬくもりが残り、「もっともっと続きが読みたい!」そんな気持ちにさせられる良い本でした。

 


 また『五月十七日』というお話では、子ども達がイベントを自分たちで計画するのですが、楽しむときは親子総出で楽しむ姿があり、子どもの頃感じた「自分たちで楽しみを作り出すワクワク感」を思い出させてくれました。他のお話の中でも、子ども時代の気持ちを思い出させてくれたり「こんなに仲のいい家族になっていこう」そう思わせてくれることがたくさん出てきます。

 

 家族がいる方、日常的に子どもと関わる方、特にお母さんは一読の価値ありです。子ども向けのお話かと侮るなかれ。

 

 

 

 

子ども本来の姿


 このお話で子ども達は立派な働き手です。男の子達はそれぞれ一人で牛追いをし、値段交渉もお手の物。火を起こして野宿も出来ます。しかも、全て自らすすんで楽しんでやります。ぬくぬく育ってきた私からしたら圧倒されましたが、きっと本来の子どもは幼くたってこれくらいできるものなのかもしれませんね。

 

 現代はなんでも「危ないから」と遠ざけてしまいます。それは、子どもが扱えない物が増えてきたことと、大人が忙しくて教えてあげられないこと、子ども同士で教え合う環境が減ったこと、それから日本人の気質として「人様に迷惑をかけてはいけない」という環境にあることも一つ。

 様々な要因があって、遠ざけてしまうに至ります。だから今の親御さんがけして悪いわけでは無いです。でも本作のような、一人で生きられる力を育てていけたら最高ですよね。私も一児の母親として、全てを教えることは出来ないけど、教えられる所は我が子に教えてあげたいと思いました。

 


子どもだけどなんでもできる
子どもだからどうしようもない


 さて、モリモリ牛追いをして働くランゲリュードの男の子達。そんな頼もしい子ども達ですが、時には秘密基地を作ってはだかんぼで遊んだり、大人からみたらガラクタを賭けて本気の勝負をしたり、そこらの草木がヤシの木になるような空想の世界にのめり込んだり、何度も死にかけたりします。まったくもって子どもらしい。おかあさんは大変ね、と同情しました。

 特に笑ってしまった場面が、友達の2人兄妹と4人兄妹が一緒におままごとをするシーン。幼い妹達が、誰が奥さんになるか一丁前に喧嘩していたら、見兼ねた旦那役の男の子が「そんなら僕一日おきに奥さん交代するよ」とまさかの一夫多妻制案を出してきて、突然の昼ドラ展開と伊達男感に思わず吹き出してしまいました。ぜひ実際に読んでいただきたい場面の一つです。

 

 

 そして、16話目の“牛を探して”という話では、なんでもできるような子どもでも「子どもだからどうしようもない」と現実を突きつけられるような場面も出てきます。舞台はフィクションかもしれませんが、浅いファンタジーではなく、真正面から子どもや家族の姿を捉えたリアリティのある作品だな、と考えさせられました。

 

 

こんな「おかあさん」になりたい!


 中川李枝子さんも『子どもはみんな問題児』の中で本作のおかあさんを称賛していらっしゃったのですが、母親の立場からして見ると、まさに理想的な母親でした。


 例えば、冒頭のお話で兄弟喧嘩の場面があるのですが、どちらにも損にならない方法を提案したり、子ども達が友達と毎日の続き遊びをしていたら、邪魔をせずに協力をする姿。
子ども達の事を陰ながらよく見ていないとどれも出来ない対応だな、と感心させられました。私なら喧嘩と見ればついドスドスと踏み入って口出しをしてしまいそう…と反省しました。


 中には可愛らしく、「特別扱いしてほしい」「おかあさんは僕のこと好きじゃない」「なんで僕ばっかり」と子どもが訴える場面も。それに対するおかあさんも、子どもの不安をいち早く察知し、「これがおかあさんだな」と見習いたくなるような対応でした。

 


 その理想的な全ての対応の根底にあるものは、

「深い愛情」と「子ども達への信頼感」だと思いました。 
 
 本の中で、子ども達が何度か危険な出来事に遭遇します。しかし、おかあさんは内心ハラハラして体を震わせながら行く末を見つめ、最後の最後に手を貸します。そうして無事に帰ってきた子ども達は全部自分たちで解決した武勇伝を嬉々としてお母さんに語り始めます。 
 
 きっと「危ないでしょう!」と早くに助け舟を出していたらこんな姿は見られなかったでしょうね。見守る勇気、子育てには必要だなと思いました。(現実では流石に命の危険があったらすぐ手を貸すかもしれませんがね)

 


 そして、最後のおかあさんのセリフ。最初から最後まで読んだ方は、きっとジーンと目頭が熱くなることでしょう。
 

 
 
 
 

 

 

 

【読書感想文】アドラー式「言葉かけ」練習帳

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著;原田綾子

心に刺さる刺さる

 私には1歳の娘がいるのですが、最近とんだおてんばということが発覚し、先日はたった5分トイレに行っている間に砂糖をぶちまけ、塩をぶちまけ、挙げ句の果てには米をぶちまけてありました。たった5分の間にこれら全てのものを見つけ出し、蓋を開け、パーティーを開くとは。なるほど恐れ入ったと感心していたところです。

 しかし、私もできた人間では無いので、疲れている時などはどうしてもそうおおらかには居られず、つい余計な口を出してしまうこともしばしば。鬼母です。
 このままでは娘に良く無い、何かいい方法は無いものか…と、図書館へ行った際に目に入ったこちらの育児書。言葉がけの難しさを感じていたところだったので、読むことにしました。

 読んでいくと、内容は少し年齢が上の子どもを持つ保護者の方が対象に書かれていたのですが、1歳児を持つ私にも方法や心構え等は十分活用できそうでした。本作の中で私が参考にしたいと思った部分等を抜粋し、感想文としたいと思います。


周りの大人の言葉が子どもをつくる

 “自分のイメージ”ってなんとなく想像つきますよね。例えば、私は「頑張り屋」「無理しがち」「頑固」「真面目」「気は効かない」「素直」「ずぼら」そんなところです。   

 本を読む中で、このイメージって自分が客観的に見てそう思ったものばかりじゃなくて、今まで生きてきた中で誰かに言われた言葉もあるなぁ、と気付きました。

 「頑固」ですが、私は確かに決めたことは曲げない子どもだったので、よく母から「頑固だねぇ」と呆れられた覚えがあります。
 「真面目」は、昔の担任から言われた記憶が。
 「頑張り屋」は、忘れてしまいましたが、大好きな親戚か誰かから言われて嬉しかった覚えがあります。

 パッと挙げた自分のイメージの約半分は、誰かから言われた言葉でした。つまり、大人が与える言葉の影響は、もう三十路のオバハンになったとしても長く続いているものなのだなぁと、少し恐ろしくなりました。

 日本には昔から「言霊」という概念があります。美しい言葉はいい影響をもたらし、逆に傷つける言葉は周りを不幸にするというもの。私が大人から言われた上記の言葉は、実際自分もそう思うので、当時の大人達はよく見てくれていたなーと思いますし、傷つくものでもないので特に気になりません。
 しかし、これがもし「のろま」「いじわる」等、傷つけるような言葉だったとしたらどうでしょう。子どもは素直なので、そのレッテルを大人から貼り付けられた子は、実際にそうなっていくのでしょうね。
 言葉の持つ力、侮れません。


上か、横か

 ①「やってくれたんだ!えらいね!」
 ②「やってくれたんだ!ありがとう!」

 似て非なる上記の言葉。ここで親の立ち位置をイメージしてみると、①は上から②は横から言っている様なイメージができます。昔は①の育児が主流だったんじゃないかと思いますが、時代とともに育児も変化していくものですね。

 上記のような、誉めることと勇気付けること(認めることともいうのかな?)は、似ているようで全く違う様です。アドラー心理学に基づく育児の方法としては、親子は横並びであり、結果を認めるのではなく、そこに至った過程を認める事に重点を置いているそうです。

 例えば一生懸命勉強したけど、望んだ結果にならなかった時。
結果を見れば「残念。合格できなかったね」ですが、
過程を見れば「あれだけ一生懸命勉強できるなんて!」となりますね。


できなかったことよりできたことを。
結果より過程を。
「当たり前」も素晴らしい。


 我が子なんかこないだ生まれて何もできなかったのに、もう砂糖も塩も米も探してぶちまけられるようになりましたよ…!生きてこんなに成長してくれてありがとう!(血涙)


お前は何様だ?

 親が子どもについ言ってしまう言葉NO.1「早くしなさい」
 うちはまだ娘が幼いので早くする環境下には無いのですが、これから先保育園に入れたり、自分も再就職したりすれば、確実に一度は言うでしょうね。
 現在も離乳食をぶちまけられたり、1片付けたら100散らかされると「もう…どうして…」とつい言ってしまいたくなりますよ。


 全ては親と子どものペースの違いが根底にあるそうです。親はなんでも出来ますし、淡々とタスクをこなすことができます。それはこれまでの人生経験の賜物です。
 しかし、子どもは人生経験も浅く、全てが実験と発見で冒険の毎日。一つの事に裂く時間がまるで違うのです。
 そこで「早くしなさい」なんて言われたら、なるほど確かにブチギレますね。今一生懸命やってるところなのに!お前は何様だ!?と私の娘は常に思っていることでしょう。


 心配したり、不安になったり、焦る気持ちは子どもには言わずとも伝わる様で、その気持ちが子どもの可能性を潰したり制限するそうです。

 自分でも子供育ててるととんでもなく難しいと感じるのですが、

先回りしないでとにかく待つこと


心掛けていけたらと思います。





子どもは花の種

 なんて素敵な例えだろう、と思いました。

「子どもは花の種のように、既に全てのものを持っている。色も形も芽を出したり花を開く時期も、全部が準備されて生まれてくる。誰と比べることもなく、自分のペースで咲かせればいい。向日葵、百合、牡丹、菫を比べても、みんな違うから比べようがない。皆それぞれの良さを持っていて、自分の良さを伸ばしていけばいい」

 この言葉で、
親が育児を特別頑張ることなんてないんだな、
導くのではなく、応援係であれば良いんだな、
と気が楽になりました。

 いつ我が子の花が咲くか、どんな花か、今からとても楽しみです。




まとめ

 最後に、自分が本作で特に為になった言葉をまとめておきます。

周りの大人の言葉が子どもをつくるからこそ、丁寧に慎重に

横並びの目線で。

できなかったことよりできたことを。

結果より過程を。

「当たり前」も認めていく。

心配や不安が子どもを制限する。

子どもには言わなくても伝わる。

先回りしないで待つ。

家庭に先生はいらない。応援係でありたい。

怒ってしまっても挽回はできる。きちんと謝る。

命令や賞罰ではなく、気持ちを伝えたり、子が選択できるような言葉がけを心掛ける。

自分が言われて嬉しい言葉で。

自分自身のことも大切にしていく。


 以上、言葉がけに迷った時には参考にしていきたいと思います。



【読書感想文】般若心経90の智恵②

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著:公方俊良

本物の慈悲を見た

 この本の中で、「母親が子どもに向ける愛情は正に慈悲心」とありました。子どもに危険があれば身を挺して助け、食べ物が無ければ自分の分も捧げる。確かに慈悲の心だと思います。

 しかし、それは我が子だけに働く心。お釈迦さまが仰る「この世の全ては全て“空”である」に基づくのであれば、我が子も他人も関係なく、全ての人間へ自分の慈悲心が働くようで無ければなりません。
 「そんなこと、この現代で出来る人いるのか?居ないだろうな」思っていました。



 先日、テレビでアフガニスタン難民についての特集が放映されており、日本のテレビクルーが現地に赴き、インタビューをされていました。
 千人以上が配給を求めて並ぶ姿、幼い子どもがガリガリに痩せている様子、銃弾を浴びた門。
 その中のひとつに、洞窟に居を構える家族をとり上げていました。大人が数人と子どもが1人。彼らは貧困によって住居を追われ、洞窟で身を寄せ合い、テレビクルーの取材に対し、不安を打ち明けておりました。もう彼らには僅かな食べ物しか残されていないようです。

 私が最も衝撃を受けたのはこの後でした。全取材が終了し、テレビクルーが中継インタビューに応じた時、こんな内容を話されていました。
「あの状況下でも彼らは私たちをもてなしてくれました。ほんの小さな鍋で蒸された僅かなじゃがいも。これは彼らの2日分の食糧なのですが、それでも『食べなさい』と分け与えて下さいました」


 貧困によって大変な時、節制に節制を重ねて残してきた食糧を会って間もない他人へと分け与える。私はこの現代で本物の慈悲心を見たんだと思いました。

 アフガニスタン難民の方々は過酷な環境下の中でさえ、助け合ったり、人を敬う心を持ち、その日の僅かな食糧に感謝しながら生きている。心の豊かさは私達の何億倍も上だと感じました。
 心は、いくら立派になろうとも、いくらお金を積もうとも、手に入りません。同時に、死ぬまで盗まれる事もありません。この心を手に入れた時が、お釈迦さまの仰る「本当の幸せ」なのだと考えさせられました。




天国地獄は死んでから行く場所ではない!?

 六道輪廻はご存知でしょうか?天上界・人間界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界の六つの世界をその人間の行いによってぐるぐると回るということ。

 私は幼い頃、「悪いことをしたら死んでから地獄にいくよ」と教えられてきました。なので死んでから来世どこに生まれ変わるかという話だと思っていましたが、本当はそうではなく、私たちが生きている今世の中での話だそうです。


 この六道輪廻は「心の動きのこと」だそうで、
例えば何かを手に入れた時など、私たちは「天にも昇るような気持ち」になりますね。実際、その状態は既に「天国にいる」という事らしいのです。


 例えば、借金で首が回らなくなった「借金地獄」、受験に忙しく、自分を追い詰め顧みる暇もない「受験地獄」、仕事漬けでろくに眠れもしない「労働地獄」など、金や名誉など何かを追い求めて自分が苦しむ状態や、誰かを貶めている時は既に「地獄に堕ちている」という事です。

 私達の心は常に「六道輪廻」をぐるぐるしていたのです。私はてっきり死んでから行くところだとばかり思っていましたので、この話を読んで驚きました。
 つまり、お釈迦さまが仰るには、心のコントロールをすることによって、常に天国にいることも可能!ということです。逆を言えば、もっともっと自分を追い詰めて常に地獄にいる事も可能ということ。




至高の宝物

 どれだけ裕福でも、見栄や欲によって本当に簡単に地獄へと堕ちる危険があります。お金も物も、実体があるため盗みやすく、必ず朽ちる物です。それを求めて何になるのか。

 先のアフガニスタン難民の話に戻りますが、彼らは貧困によって身体的にも精神的にも苦痛を感じていますが、心は今生きていることに常に感謝をし、足るを知り、助け合い、相手を思いやる慈悲の心を持っていました。彼らの生き様こそが、人生はどんな状況下であっても、考え方によっては常に天国にいる事ができる証明ではないでしょうか。彼らの心は誰にも奪われることはありません。お金では絶対に買えない、正に至高の宝物です。





悪いことしたもの勝ち?

 天国地獄が死んだ後に行く場所ではないということでしたが、「つまり、盗みを働いても、人を殺しても考え方によっては常に天国にいられるってこと?地獄に落ちないんじゃない?」と思いましたが、そうではありませんでした。
 死後に天国地獄があるかは断言できませんが、“因果応報”はこの世に確実に存在しているそうです。
 因果とは、種まきをして作物が実ることを想像してもらうと分かり易いのですが、良い種を撒けば良い実が実り、悪い種を撒けば悪い種が実るということ。
 つまり、良いことをすると後になって必ず良いことがある、逆も然りという事です。

 行いを反省せずに心持ちがいくら天国であろうとも、因果からは逃れられないということでした。





イムリミットはある

 この世界に生きるものには必ず寿命があります。私は既に若者とは言えない年齢になりましたが、この歳になるまで、瞬きをする程あっという間だったと思います。
 だからこそこの僅かな時間を、わざわざ人を嫉み、妬み、恨んだり、金や物に執着し、わざわざ地獄へ堕ちて時間を費やすよりも、人を敬い、許し、足るを知り、慈しんで、なるべく天国の中で過ごしたいと思いました。

 これがなかなか難しい…。そう簡単に出来るものではないのですが、身の回りに起こった出来事を、少しずつ消化することから始めようかと思いました。

 例えば、この間メルカリで横取りにあったのですが、メルカリの規約からすると早いもの勝ちがセオリーなので、悔しい思いを抱えながら泣き寝入りして今も引きずっているのですが、物に執着せずに自分の中のちっぽけな慈悲の心を最大限活用して納得するところから始めたいと思います。
できるかな!?


この本内容が濃厚すぎて全然書ききれないので、気が向いたらまた続き書きます。
おやすみなさい。